嘆話§いつになっても腹の立つこと

日本に都市景観(都市だけではないが)と呼べるものが存在するだろう
かと絶望的な気分のままで生きてきた。こんなブログでいくら嘆いた
ところで、日本の都市景観は永遠にこんな状態のままだろう。

それは、結局のところ景観に対する“決定的な意識の欠如”が、行政
の側にもそして個人にも存在しているからである。であるがゆえに、
まさに譲れない一線。住民間で協定を作ったりして景観を大事にし、
誇りとしていたような地域に、法律で認められているからと、強引に
それこそ土足で踏み込んで巨大なマンションを建てる。

それで販売する謳い文句に抜けぬけと“・・・な美しい環境の・・・
に住まいする”などというコピーを無神経に掲げたりするのである。

本来であれば、行政が主導して整備された街並みを育てていくことが
求められて当然なのに、何もしないことによって成長した日本の街並
みがどんなものか……。

ドイツあたりの街並みを真似しろなどとは言わない。だがせめて……
ということはたくさんある。一軒の家だけで何か始めても意味のない
ことで、せめて30軒単位でとか思ったりもしたが、日本の国土の狭さ
と相続税制なんだかんだで、広い敷地がどんどん切り刻まれてしまい
切り売りされた挙句に“羊羹住宅”なるものが林立したりというのは
既にして絶望的状況なのであった。

結局は日本の風土的なもの、木と紙の家という意識、そして常に建替
えるという発想が染み付いてしまっていて、たてもの本体を長持ちさ
せメンテナンスを繰り返すという建物の使い方の思想がいまだに育っ
ていないということなのだろう。

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