黶話§盟三五大切~コクーン歌舞伎~

日曜昼のシアターコクーン『盟三五大切』に行ってきた。

中村勘三郎が離れて、強烈な核となる存在がないという中だったが、
個人的な感想としては充実した舞台になっていたと思う。何年か前に
観た『三人吉三』みたいに変にこねくりまわしたりせず、すっきりと
観ることができた。

歌舞伎であると同時に生きた演劇としてのあり様が示されたと感じた
のは、下座に陣取った一台のチェロ。それと端々で使われる弦楽合奏
(これは録音)だったりした。多分にセンチメンタルな描写であると言
えなくもないが、登場人物の心理であるとか舞台の状況を、従来ある
歌舞伎の下座とは違った形で描いていたことが興味深かったのだ。

橋之助演じる源五兵衛も勘太郎の三五郎も、大歌舞伎の舞台で演じる
には力不足なのだが、劇場のほどよい大きさと、様々な試みのおかげ
で、芝居が掘り下げられたような印象が大きいのである。

成功する試みと失敗する試み。結局のところ舞台上演なるものは、常
に試行錯誤の繰り返しで、それを怠ってしまうと、待っているのは停
滞という名の魔物なのだ。

考えに考えた試みが失敗するかと思えば、単なるその場の思いつきの
ようなものが客受けするという、興行する側の人間にしてみれば、こ
れほど気まぐれに感じられるものはないということだろう。

コクーン歌舞伎に勘三郎が戻ってくるかどうかはわからない。そうい
った意味で今は転換期に差し掛かったということはできるだろう。今
回は学芸会のような六七八衛門を演じた中村国生が、どのように変化
をしていくのか、歌舞伎が持つ世代から世代という図式を見たという
今回のコクーン歌舞伎なのだった。

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