懐話§昭和三十年代~内職~

[承前]

昭和三十年代、我が家は決して裕福とはいえなかった。父親が3回、
4回と失業を繰り返す様を子供心に不安な思いを抱きながら眺めてい
たからなおさらである。

昭和四十年代はじめ、父親が40歳を過ぎてほどない頃になって、よう
やく安定した仕事に就くことができた……もっとも、だからといって
裕福でないところは、そう変わるものではなかった。

そんな中にあって母親はといえば、今で言うパート仕事をとっかえひ
っかえこなしていた。織物の街という土地柄もあってか、電動ミシン
を使っての縫製仕事に出かけていったり、そんな外仕事がなくなった
時には、何やら電気製品の下地配線のようなものを自宅に持ち込んで
内職仕事をやっていたのである。

一つ仕上げて1円とか5円とかの類だっただろうから、2時間くらい
やっても、手間賃は数百円程度のものではなかったかと想像できる。
それでも“やらないよりはまし”だったことは言うまでもなく、そう
したことの積み重ねでもって、小学校時代に給食費を滞納したなど、
一度もなかったのだ。

昨日、我が身が同じ会社で勤続37年を迎えたが、あるいはそのような
環境が、会社仕事を全うさせようとしているのかもしれない。
                            [続く]

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