春話§桜の存在を意識したのは

半世紀以上前、小学校入学式の日は桜が満開だった。記憶していたわ
けではなく、写真で確認できたことである。

小学生くらいの頃には家族で花見に行ったことはあるが、桜を見たと
いう記憶はない。つまり桜をきちんと意識したのがいつのことだった
のか……とんと記憶がない。

桜よりも別のあれやこれやにかまけていたとしか思えないほど、中学
の頃も、高校の頃も、いや!大学生になっても桜に集中していたとか
記憶にない。あまつさえ社会人になっても桜にまつわる何かはなかっ
たということを覚えているばかりである。

そうして、桜をはっきりと気にかけるようになったのは、間違いなく
四十代に入って以降、もっと言うならば、今の我が家に引っ越して以
降のことではないだろうか。

今住む団地の敷地内には、桜の木がそこそこ植えられていて、毎年花
開く時を迎えるのが楽しみなのである。引越してきたのが3月半ばの
ことで、引越しからほどなく桜の開花を迎えたことも、印象的だった
のではないかと思っている。たぶんそれが意識した初めなのだろう。

他の人が桜をどのように捉えているものかはわからないが、こと自分
に関する限りは、人生の後半を迎えてようやく桜の存在を強く意識し
始めたのだ。

いしいひさいち描くところの新聞連載漫画『ののちゃん』の中で、桜
を見上げたのお婆はんが「この先、あと何回桜を見えるんやろか」と
センチメンタルに言うかと思ったすぐ後に「30回くらいやろか」なる
強気の発言をして、後ろで涙目していたまつこはんをずっこけさせた
回があった。

まあ、せっかく強く意識するようななった桜だから、30回は無理でも
あと20回くらいは巡り会いたいものである。

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