テーマ:追悼

週話§日曜諸相~追悼・白石冬美~

東京の桜が満開となった3月の終わり、声優の白石冬美が逝去した。 我々の世代の人間にとっては、声優であったという以上に、TBSラ ジオの深夜放送『パックインミュージック』で、野沢那智と組んでの “那智チャコパック”のパーソナリティとしての存在が圧倒的だった のだ。 そして彼らは、パックインが放送を開始した1967年から、…
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悼話§萩原健一さん(ショーケン)

テンプターズのリードヴォーカルとして、テンプターズの解散後は、 俳優として『前略おふくろ様』などなど、多くのドラマに出演して、 ユニークなキャラクターで活躍を続けていた。 中学生の時がグループサウンズ全盛時代で、おびただしいグループが 競い合っていた。トップに君臨していたのはザ・タイガースで、テン プターズは常に彼らの後ろ…
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悼話§ザ・デストロイヤーさん(レスラー)

ザ・デストロイヤーと力道山の死闘をテレビで見たのは、1963年。力 道山が凶刃に倒れる直前のことだった。デストロイヤーの得意技であ る“四の字固め”に力道山が苦悶の表情を浮かべていたことは忘れら れない。 それから10年後、デストロイヤーがバラエティ番組の出演者として再 登場した時には驚かされた。 それを見た時、嬉々…
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悼話§ミシェル・ルグランさん(作曲家)

『シェルブールの雨傘』や『ロシュフォールの恋人たち』さらに『華 麗なる賭け』などなど、多くの映画音楽を手がけ、ジャズ・ミュージ シャンとして、マイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンとも共 演、多彩なパフォーマンスを展開した。 “フランスという文化”を体現した一人である……享年八十六 合掌 《追悼のトピ…
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悼話§テオ・アダムさん(オペラ歌手)

テオ・アダムの舞台姿を最後に観たのは1999年9月のドレスデン・ゼ ンパーオパー『ナクソス島のアリアドネ』の音楽教師役だった。 歌手としてのキャリアは終わりかかっていたが、舞台上の存在感は、 長年の劇場生活の蓄積の賜物と、華やかなカーテンコールを眺めなが ら思ったのである。 晩年は認知症を患い、老人ホームでその一生を終…
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悼話§前田憲男さん(ジャズピアニスト)

まさに才人と呼んでもいいだろう。ジャズピアニストという範疇には とどまらず、編曲家でもあり作曲家としても活躍していた。 上京してすぐに通い始めたのが『題名のない音楽会』の公開録画で、 そこではしばしば前田憲男がゲストとして登場し、アレンジの妙技を 披瀝してくれたのだ。様々な仕事ぶりについては、ウィキペディアを 参照してもら…
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悼話§シャルル・アズナヴールさん(歌手)

アズナヴールのリサイタルを聴いたのは1978年、中野サンプラザだっ た。なぜかLPレコード1枚持っていて、フランス語などまったくわ からないのに、無謀にもシャンソンを聴いていたのである。 印象的だったのは『ラ・ボエーム』を歌った時。小道具としてハンカ チが使われるのだが、通常の演出だとステージにハンカチを投げ捨て てという…
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悼話§樹木希林さん(役者)

樹木希林を初めて見たのは、50年以上前に放送されたTBSのホーム ドラマ『七人の孫』で、当時は悠木千帆という芸名を使っていた。そ の時から、ユニークな役者だと思っていた。 何てことをと思ったのは、1977年に放送されたテレビ番組の中で悠木 千帆の芸名をオークションにかけたことである。そして2万2百円で 落札されたことで悠木…
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悼話§西城秀樹さん(新御三家)

自分が生まれた1954年に比べると、一歳下の1955年生まれには際立っ たタレントが揃っていると感じている。例えば十八世中村勘三郎のよ うな存在が、それを象徴していると思うのだ。 同い年の野口五郎と、1956年早生まれで同学年の郷ひろみとともに、 新御三家と呼ばれた西城秀樹も、そんなタレントの中の一人だった。 何度も脳…
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悼話§井上堯之さん(ギタリスト)

井上堯之は、かつての人気グループサウンズの一つだったザ・スパイ ダースのリードギターを務めていた。 堺正章、井上順、かまやつひろしの3人が前面で賑やかに活動してい たバックで、リーダーの田辺昭知以下、井上孝之(当時の名前)、大野 克夫、加藤充という、いわばバックバンド4人が淡々と演奏していた のである。 スパイダース…
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悼話§竹本住大夫さん(文楽義太夫)

もとより、文楽を観た回数など両手の指で数えられる程度でしかなく 住大夫が語るのを聴いたのは、たった2回だけである。 最初は10年ちょっと前くらいだったかの国立小劇場で、80歳になった かそれくらいだったと思われる。義太夫語りといえば、しわがれた声 で唾を飛ばしながらの熱演というイメージを抱いていたのだが、住大 夫はまったく…
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悼話§ギュンター・ヘーグナーさん(音楽家)

往年のウィーンフィル首席ホルン奏者ギュンター・ヘーグナーが亡く なった。 特に演奏が難しいといわれるウィンナ・ホルンの名手として名を馳せ た。カール・ベームが指揮して、彼が独奏ホルンを吹いたモーツァル トのホルン協奏曲集は、お気に入りの一枚として、しばしばカーステ レオで聴いているが、伸びやかな音楽はドライブのお供とし…
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悼話§ヘスス・ロペス=コボスさん(指揮者)

1987年に来日したベルリン・ドイツ・オペラが『ニーベルングの指環』 四部作を日本で初舞台上演を行ったが、その時の指揮者がヘスス・ロ ペス=コボスだった。 スペインに生まれ、ウィーンで学んで、ベルリンのオペラハウスで音 楽監督を務めたのである。1987年に聴いた時のことは、どうであった のか、聴き通したという自己満足でしか…
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悼話§礒山雅さん(音楽学者)

先月、雪道で転倒し頭を打って入院。そのまま還らぬ人となった。 彼が1994年に上梓した『マタイ受難曲』は、細部まで行き届いた好著 で、大きな助けとなってくれたのである。 昨年夏に亡くなった同い年の音楽評論家の三宅幸夫のお別れの会での スピーチを思い出す……享年七十一 合掌 《追悼のトピックス一覧》
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悼話§金子兜太さん(俳人)

2015年7月、戦争法(安保法制)に反対するスローガンとして、依頼さ れて金子兜太が揮毫したのが、下のこれである。 当時96歳になろうという年齢だったが、骨太な筆致の迫力は、その後 も息長く使われるスローガンとなった。同様に俳風もがっちりとして 揺るぎなく、強靭なものだった……享年九十八 合掌 《追悼のトピッ…
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悼話§星野仙一さん(投手)

投手としても、監督としても、闘争心を表に出す人間だった。それが ゆえに時として“悪しき体育会的なるもの”が表に出てしまうことも あったので、好きな野球人かと聞かれると首を傾げてしまうが、常に 巨人に対して真っ向勝負を挑んでいた彼の姿を忘れることはできない ……享年七十 合掌 《追悼のトピックス一覧》
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悼話§三宅幸夫さん(音楽評論家)

シューベルトやワーグナーの研究者として一線で活躍していた三宅幸 夫が亡くなった。名前ばかりではあるが日本ワーグナー協会員の一人 としては教えられることも多々あり、お世話になった。 まだまだ書きたかったあれやこれやもあったはずだが……享年七十一 合掌 《追悼のトピックス一覧》
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悼話§クルト・モルさん(オペラ歌手)

クルト・モルを初めて聴いたのは1984年のハンブルク国立歌劇場日本 公演『魔笛』のザラストロだった。彼の深々としたバスの歌声を聴き ながら、ザラストロがそこにいると感じた記憶がある。 その後、ミュンヘンやウィーンのオペラハウス来日公演で様々な役を 聴いた。1988年バイエルン国立歌劇場『ニュルンベルクのマイスター ジンガー…
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悼話§かまやつひろしさん(ムッシュ)

かまやつひろしを最初に見たのは、ザ・スパイダースのメンバーとし て『世界へ飛び出せ<ニュー・エレキ・サウンド>』というテレビ番組 で歌っている姿だった。 曲は『フリフリ』や『バン・バン・バン』で、ノリのいい演奏だった ことを覚えている。その後は作曲や俳優として活動を続けていたが、 そんな中、東京で暮らし始めた最…
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悼話§S・スクロヴァチェフスキさん(指揮者)

スタニスラフ・スクロヴァチェフスキの実演を聴いたのは一度だけ。 1996年2月のN響定期。 前半に演奏されたプロコフィエフのロミオとジュリエット組曲は間に 合わず、後半のストラヴィンスキー『春の祭典』一曲だけを聴いた。 ずいぶん音の分離が見通しのいい演奏で、よく言えば凝縮された、逆 の意味では楽譜からはみ出るところの少…
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悼話§ディック・ブルーナさん(ミッフィー)

ミッフィーは、色遣いも含めてデザイン感覚に優れた絵本だと思い、 ピンクの日本製猫キャラクターなど足元にも及ばないセンスだと感じ ていた。東日本大震災の時に、ディック・ブルーナ涙をこぼしている ミッフィーを寄せて共に悲しんでくれたのだ。享年八十九 合掌 《追悼のトピックス一覧》
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悼話§岡野俊一郎さん(サッカー)

かつての東京12チャンネルで『三菱ダイヤモンドサッカー』という、 海外のサッカー試合を紹介する番組が放送されていた。 アナウンサーは金子勝彦で、解説をしていたのが岡野俊一郎だった。 なかなかの名コンビで、機会を捉えては放送を楽しんでいた。今とは 違ってプレイスタイルもあくせくとしたものではなかったようで、何 となく長閑な時…
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悼話§藤村俊二さん(振付家)

藤村俊二の存在を初めて知ったのは、1966年からフジテレビが放送を した洋楽ベストテン番組『ビートポップス』の振付師としてである。 テレビを見ている人間でも簡単に覚えられるようにと、シーカーズの 『ジョージーガール』とか、ミリアム・マケバの『パタパタ』といっ たあたりが記憶には残っているが、お手軽な振付ではあったのだが。 …
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週話§日曜片々~若い人間の死~

会社同期の人間からメッセージが届いて、定年時に在籍していた部署 の後輩が急死したと知った。訃報が社内報に出ていたようだが、詳し い状況まではわからないのがもどかしい。 ショックだった。能力も十分に高く快活で、彼女の年齢を考えれば、 20年近くセクションの中心で活躍できるはずだったからである。 何より、本人が最も無念さを…
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悼話§松方弘樹さん(役者)

松方弘樹の記憶といえば、1974年に放送されたNHK大河ドラマ『勝 海舟』で、当初は渡哲也が主役だったのに10回ほどで病気降板。その 後を松方が引き継いだことがあった。 ドラマの中で勝海舟が、そうでしょうと言うのを“そうでんしょう” と言わせていたのが印象的で、あれが江戸言葉であったのかどうか、 ちょっと調べてみたがよくわ…
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悼話§ニール・ブラックさん(オーボエ)

イギリス室内管弦楽団(ECO)などでオーボエを吹いていたニール・ ブラックが、8月に亡くなっていたのを今頃になって知る。 初めて彼のオーボエを聴いたのは1987年、カザルスホールのオープニ ング公演で、内田光子とシューマンのロマンスを吹いた時だった。 演奏する直前、ステージ真上のスピーカーから異音が出てきて、なか なか…
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悼話§平尾誠二さん(ラガー)

何ということか! かつてのラグビー名選手がまた一人世を去った。 1999年には新日鉄釜石七連覇のメンバーでフッカーを務めた洞口孝治 が45歳で、2006年には早稲田大学の名スクラムハーフで三井住友銀行 取締役にもなった宿澤広朗が55歳で、昨年7月には、慶應大学ラグビ ー部の監督も務めた上田昭夫が62歳で……いずれもあまりに早…
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悼話§ネヴィル・マリナーさん(指揮者)

サー・ネヴィル・マリナーとアカデミー室内管が初来日したのは1972 年のこと。 当時の日本は、ヴィヴァルディの『四季』大ブームで、イ・ムジチ合 奏団、パイヤール室内管弦楽団と御三家のような扱い方をされていた のだった。 そんなマリナーの初来日をNHKが放送してくれたのだ。彼らが演奏 する四季の録音は持っていなかったの…
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悼話§千代の富士貢さん(力士)

誰かが「相撲取りがガチで喧嘩をしたら、一番強いのは千代の富士だ ろう」と言っていて“さもありなん”と思ったことがあった。それは 間違いないと思っている――もう一人、朝青龍を加えても可――が。 それほどに強い横綱であったし、引退して親方になってからも大関の 千代大海を育て上げたりしたものの、相撲協会においては冷遇されて いた…
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