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zoom RSS 惨話§NHK『勧進帳』のカメラワーク

<<   作成日時 : 2009/03/31 08:19   >>

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先週土曜日の夜、NHKで二月大歌舞伎の『勧進帳』が放送された。
弁慶を吉右衛門、富樫を菊五郎、義経が梅玉という顔合わせである。

自分が観ている舞台をテレビで見直すのはもちろん楽しみであるから
待ち構えるようにして観始めた。

……カメラワークがひどいのである。かいつまんで書くと“アップの
濫用”とでもいうことで、弁慶が勧進帳を読み上げるところで、最初
のあたりをアップにするのは構わないが、富樫が確かめようとにじり
寄り、それに気づいた弁慶が……という緊迫した場面で役者をアップ
にしたのはどういう意図だったのか理解に苦しむ。常識的に考えれば
弁慶と富樫両者の緊迫した様子をきっちりと画面に映すべきものであ
ろう。いったい何のための横長ワイド画面なのかと。

さらに場面変わって、富樫の従卒が義経ではないかと疑いをかけ、弁
慶が義経を金剛杖で打擲した後の緊迫した場面。四天王が弁慶を押し
て、富樫の後ろに3人の従卒というところで、弁慶と富樫二人だけが
アップにされたのだ。あの一触即発の場面で、9人の役者が舞台上で
せめぎ合う様子が映されなかったことにもまた驚き呆れた。

結局“判官御手を・・・”というあたりで観るのをやめて寝てしまっ
た。あまりにもカメラワークが稚拙にすぎて不快を覚えてしまった。

いったい、NHKのカメラワークはどういうことを考えていたのだろ
うか。素人が考えたことだが、過去の『勧進帳』のカメラワークが引
き継がれたりはしないのかということである。芸が伝承されるのと同
じくカメラワークにも“ツボ”があるだろうにと思うのだ。あるいは
ワイド画面におけるカメラワークの試行錯誤中であるということか?

ずいぶん前のことだが、バレエの中継録画であまりのアップの多用に
苦言を呈していた評論家がいた。動きのある場面で顔だけ映してどう
するのだ、どうして全身の動きを映さないのだという要旨だったが、
同じ番組を観ていた我々も同意見だったという記憶がある。

地デジが始まり画面もワイドで大きくなるのだから、もう少し俯瞰し
た画面の活用を考えてもいいのではなかろうか。舞台だけではない、
スポーツ番組でもアップばかりではなく、例えばサッカーやラグビー
のようにダイナミックな展開がなされるスポーツでは、そんな様子も
流してほしいわけで、徒なアップの多用は逆に緊迫感を殺ぐことにも
なりかねない。それでいつも思うことは、テレビカメラに“客観性”
を持たせた中継を心掛けていただきたいということなのだが。

だから画面の下とか横に小さいサブ画面を出して、視聴者が好みのカ
メラ位置が選択できればなあと思うのである。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
アップの乱用は変化に乏しくなり逆効果ですね。見え難いというにも楽しいのではないでしょうか。
Slow Cafe
URL
2009/03/31 13:46
長い文章の文句になってしまいましたが、
アップっていうのは“カメラマンの主観に
よる視点”だろうと思うわけです。それが
あってもいいのですが、比率が多過ぎると
腹一杯状態になります。
HIDAMARI
2009/03/31 14:50

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