米話§2001・9・11の記憶

あの日は夜の9時半過ぎに帰宅した。何やらアメリカで大変
なことが起きていると言われて、10時のNHKのニュースを
見始めた刹那、2機目が超高層ビルに突っ込んでいく映像を
リアルタイムで見た。手垢にまみれた表現を使えば“白昼夢”
を見るような感じで旅客機がビルにゆっくりと突っ込んでい
くように見えた。

ニュースを伝える側も、現実に起きている事態の把握ができ
かねていて、不思議と“静かな空気”が漂っていたような印
象がある。想像を超えるような状況が現実としてテレビ画面
に展開した時、人間の反応はこういうものなのかと記憶をた
どっている。

それから刻々と状況が明らかになっていくに従って、のっぴ
きならない大変な事が起こっていると認識できるようになっ
てきた。

その後、アメリカを中心としてイラク侵攻が始まり、イラク
は占領され、フセインが捕捉される。今もテロは続き、ブッ
シュは方針の転換を拒んでいる。

東京で2回、イラク侵攻に反対するデモに参加した。政党や
思想性を前面に打ち出すような色彩は薄く、普段はそんなこ
とに興味を持つとは思えないような大学生や高校生が参加を
していた。

占領以降イラクでの死者は9・11の死者に匹敵しつつあり、
事態が打開されるようには思えないのだ。

アメリカがした事、アメリカにされた事が、この何年かとい
うもの、事態を悪化させるばかりであるのに、アメリカは、
9・11で自分らがされたことの不幸を、世界の不幸であるか
のようにアピールを続けてきた。

連合軍が、大戦を起こした日本(広島や長崎の原爆投下)や
ドイツ(ドレスデン)に対して市民への無差別爆撃を為したの
と同じ事が21世紀のニューヨークで起きたのである。人は、
自分がした事を正当化するか忘れるかするが、為された側は
どんな小さなことでも決して忘れずに覚えているのである。

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