仏話§喪中とか忌明けとかの解釈

宗教によってそれぞれ違うとは思うので、ここでは仏教のことだけ。

一般的には四十九日法要で“忌明け”となるが、百か日での忌明けと
いうのもあるので、どちらが正しいのかよくわからないのである。

そこでいつも思うのは“喪中につき年賀欠礼”のあり方で、大雑把に
考えて仏教の場合は、その年の9月半ば以前の逝去に関しては、年賀
欠礼の必要はないのではないかと思うのである。これが“拡大解釈”
というもので、さらに大雑把に「その年に逝去した場合は、悉く喪中
欠礼」にしてしまうというのが世間一般の意識のような気がする。

まあ“喪に服する”ということをきちんと考える人であるならば余計
長く喪に服したりするのかも知れないが、宗教の定めに従ってそのス
ケジュール通りに喪明けを実行する人もいるだろう。

個人的には宗教の定めどおりにすすめたいと思うほうなのであるが、
逝去が11月下旬だったので、喪中欠礼の資格をしっかりと満たしてし
まったので、忠実に実行したのであった。

+今日の富士山……×

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