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zoom RSS 戒話§宗教は つかず はなれず いれこまず

<<   作成日時 : 2007/10/24 12:02   >>

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ベルリン国立歌劇場の『モーゼとアロン』を観ていたらモーゼがシナ
イ山から持ち帰った“十戒”の石板を、アロンが「それだって偶像に
過ぎない」と喝破してモーゼが立ち往生する印象的な場面があった。

世に数多の宗教が存在するが、どれもこれも人間様という極めて不完
全な存在が考え出したものであって、罰当たりな人間からしてみれば
それこそ“鰯の頭”の類でしかなく、いかな練達の師が修行の曠野で
啓示を享けたとかいっても、悪い夢でも見たんじゃないのということ
でしか取り合えない。

“今のところ”であるが、魂の救済も輪廻転生も、ましてや現世利益
などを求めて宗教にすがりつく意志などない。死んでしまえばそれで
世間からおさらばするだけのことである。

そりゃあ神社に参拝に行ったりもするが、願い事を唱えるというより
は、心の中で日頃の感謝を唱えるくらいなのだ。保育園が新教系だっ
たり大学がミッション系だったりで、キリスト教へのシンパシーを持
ち合わせていると思っている。しかし、アメリカのネオコンに絡んだ
キリスト教原理主義の勢力がプロテスタント由来によるものであるこ
とには強い危惧を感じている。ああなると集団ヒステリー以外の何物
でもない。

そして、こなた後生大事にアラーの教えを守って酒も呑まず、豚肉も
食わずという頑なさに対しても――変化することはないだろうが――
もどかしい何かを感じるし、宗教を都合よく解釈して女性の社会参画
を押さえ込むような動きも肯定することはできない。

以上のようなわけだから、糸のような伝手を辿って唐突な電話で散々
媚び媚びの口調で気味の悪い投票の依頼をしてくる某宗教団体など、
あんたのは宗教なんかじゃなーい!で、さようなら。

★ヴォルテールの言葉★

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