自話§番外編・尾瀬を歩く~小屋閉め[下]~

《承前》

下田代十字路から山ノ鼻まで、人気が完全になくなった尾瀬ヶ原を歩
く。稀に出会う人は、テントまで装備したタフな人くらい。六兵衛堀
で振り返れば緑屋根の小屋が一つ、ぽつんと別れを惜しんでいる。

周囲1km以上の中に(たぶん)人間様は自分しかいないという機会は、
とても貴重なものだが、同時に強烈な寂寥感にも襲われるのだ。真に
孤独というものを実感させられる瞬間である。

途中、沼尻川や下ノ大堀などに架かっている橋は板をはめたままでは
雪の重みで割れ落ちるので、小屋閉めの頃から雪解けまではずされて
しまう。残る鉄骨構造の橋の右端か左端どちらかの欄干を伝って注意
深く渡るのだ。

真っ白に覆われていた湿原の霜は太陽が昇っていくにつれて、徐々に
そして気がつけばあっという間に溶けていく。ここには水芭蕉の頃や
ニッコウキスゲの時の喧騒もない。草紅葉も終わって赤茶け、間近な
雪の季節を待っている尾瀬ヶ原である。

山ノ鼻にある3軒の小屋も既に閉まっていて、ひっそりとしている。
ここまで来たらどんどん先を急ぐしかない。鳩待峠からのバス便など
とっくの昔に終わっているので、鳩待峠から戸倉までは11kmほどだら
だらと続く林道をぽてぽてと歩くしかないのだ。

……おまけにこの林道は、おもしろくも楽しくもなくただひたすらに
緩い坂を下り歩いていくだけである。ただ、一か所だけだがきれいな
落葉松並木の直線道があって、それで和まされるくらいか。

2時間も下って、やっと舗装道路が出現する。寂寥感は既に失せて、
世俗に戻った我が身には、沼田に向かうバスの時刻が気になるのだ。

《尾瀬のトピックス一覧》

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