裏話§十二月大歌舞伎~海老蔵と無声映画~

十二月大歌舞伎夜の部に行ってきた。

『菅原伝授』の『寺子屋』で源蔵を海老蔵がという…… orzな配役を
敢然と鑑賞してきたのである。結果、感想はというと。

orz

そのものなのであった。観に行く前から予想できて、しかも予想した
とおりというのも笑うに笑えない話なのである。海老蔵が無声映画の
時代の人間だったら、さぞやさぞやと思わせる容姿であるのに、ひと
たび声を出すや『雨に唄えば』でなまりの抜けない“美人女優”なみ
になってしまうのである。どこかで“ヨーデル”などと書かれていた
のを読んだが、それに加えて語尾を締まりなく平板に垂れ流すのも聞
いていて頭を抱えた。

前半――小太郎首切りのあたり――までは“芝居する緊張”を保って
いたようだが、松王丸と千代との座敷の場面の頃には、すっかり緊張
を失って、虚ろな眼で締まりのない素の顔に戻っていた。

歌舞伎の評論家や批評家は、なぜ父親の時のように海老蔵を“大根”
だと論評しないのか? 海老蔵の芝居を観た観客が、客席で失笑して
いることを知らぬわけではあるまい。

先週30歳になった。いい加減に、本人の勝手な思い込みによる勘違い
の方向性から脱却してもらわないと、腐らぬ大根も腐ることになる。

付記:そういえば『ふるあめりかに袖はぬらさじ』を観ていた同居人
が「遊女亀遊が無学だったとか言っていたけど吉原にいた“花魁”が
無学ってのは変だと思う」と疑問を呈していた。

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