薬話§日曜日『トリスタンとイゾルデ』を聴く

することのない日曜日の午後、昨年の12月7日にミラノ・スカラ座で
上演された『トリスタンとイゾルデ』を聴いた。以下は、あくまでも
録音を聴いて感じたこと。

淡々と穏やかな前奏曲を聴いた時には、バレンボイムも枯れつつある
かと驚いた。そんな前奏曲を引き継いだという印象の第一幕は、初日
ということもあってか起伏もあまりつけず、無理をせず慎重なタクト
で安全運転の音楽かと感じられた。

おかしかったのは、一幕だけに登場する男声合唱で、どういう位置で
歌わされたのかはわからないが、これがスカラの合唱?というくらい
思い切りズレまくったりしていて十分に“変”なのだった。

ドイツ系オケのワーグナーとは一線を画する、スカラのワーグナーの
音色は、重心が高めで拍子抜けするほど軽やかな、不思議な美しさを
湛えている。ヴァイオリンソロのこぼれ落ちるようなカンタービレな
ど、とてもこの世のものとは思えない。

思い返せば10年ほど前、バイロイトでハイナー・ミュラーの演出した
『トリスタンとイゾルデ』の舞台を観た。その時にバイロイトのピッ
トから湧き上がってきたバレンボイムの音楽は、噎せかえるような濃
密さで、そこに自在なダイナミズムが加わり、生涯忘れることのでき
ない音楽体験として鮮やかに残っている。

それから10年を経て、バレンボイムがたどり着いた『トリスタンとイ
ゾルデ』の幕切れ『愛の死』の音楽の恐るべき清澄さは、聴き終わっ
て思わず溜め息が出てしまったほどである。

EU統合によって大陸内から国境が事実上消え去っていても、かほど
に音楽の表れ方が違うものかと興味深く聴き終えたのだった。

憬話§我々の“バイロイト音楽祭”2008.08

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