在話§通訳の“嘘”あるいは伝言ゲーム

米原万里の対談集を読んでいると、通訳が“正しい通訳”ばかりして
いるわけではなく、それこそ頭をフル回転させて臨機応変に言葉の処
理をしていっていることがわかる。

例えば、アルメニアと対立関係にある国を訪問した日本の某市長が、
パーティで出されたコニャックを呑んで「私はアルマニャックが大好
きなもので」
という趣旨の発言をした。現地の人間は“アルマニャッ
ク”という言葉は当然ながら耳にしているわけで、彼の言葉をそのま
ま訳すことなどできず、咄嗟に……

御国のコニャックはアルマニャックよりずうっと上等ですね

という、はっきり言えば“嘘”の通訳でその場をしのいだというエピ
ソードだった。こうなると、話し手が犯したミスを通訳が救ったケー
スが数多くあるのだろうかと考えたりする。……あるいは逆のケース
だってあるかもしれない。

さらに恐ろしいことはというと、通訳を3人くらい介して相手と会話
するというケースがあって、例えばスワヒリ語の人と日本人の間に、
スワヒリ語をフランス語に通訳する人がいて、そのフランス語をイン
ドネシア語に通訳したものを、さらにロシア語に訳した揚句に日本語
にという、極端に書けばそういうことらしいが、そうなると間に3か
国語を挟んで、合計5か国語の言葉の伝言ゲームになり、さてそれで
は最終的にどれだけ正確に伝えられているものかというわけなのだ。

もちろん、きわめてシンプルな構文――“私はあなたが大嫌いだ”の
ような――であるならば問題はないだろうが、より構文が複雑になっ
たりレトリックが込められていたりしようものなら、正しい通訳など
絶望的なことになるであろう。

【去年の今日】人話§歌舞伎役者伝[5]~山崎権一~

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