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zoom RSS 舞話§新春浅草歌舞伎〜第一部〜

<<   作成日時 : 2009/01/20 12:02   >>

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2001年に始まった浅草の花形歌舞伎も今年で9回目である。遅ればせ
ながら2003年から行き始めて、行けなかった年はあれども数回目か。

『一條大蔵譚』では亀治郎の大蔵卿がどんなものなのか、勘太郎が踊
る『土蜘』がどうなのかという興味で11時からの公演にしたのだ。

一条大蔵を初めて観たのは2005年の勘三郎襲名公演で、その時は『桧
垣茶屋』と『奥殿』だったのだが、今回は『桧垣茶屋』は省かれて、
『曲舞』と『奥殿』という仕立て。

相変わらずというか亀治郎の才気を強く感じる大蔵卿になっていた。
つくり阿呆と真顔の往復の部分である。ただし、そのあたりに亀治郎
が“見えて”しまうのである。歌舞伎という世界は、若い時から演じ
たものが、年齢を経るにつれて余分な動きや表現が殺ぎ取られ、すっ
きりとした舞台に仕上がっていくものだと思うが、亀治郎の“今”は
夾雑物があちこちにくっついていて一つすっきりとしなかった。まだ
“見せよう見せよう”という意識が強いのである。若いうちはたぶん
それでもいいのだろう。いずれ年齢とともに

2本目の『土蜘』は、これは本当に凄いものを見せてもらったという
思いである。僧として登場した時の勘太郎の表情の凄味は、既にして
夾雑物が拭い去られて確固たる存在として演じられたことに驚く。2
年前だったかに膝の靱帯を大怪我しているのに、それを感じさせず、
あるいは客席で観ている我々がそんなにして大丈夫なのかと思わせる
はじけるような踊りになっていた。歌舞伎座の勘三郎といい、浅草の
勘太郎といい、ああこの一家は本当にと思い知ったのである。

浅草公会堂だが、もちろん歌舞伎座よりもキャパシティは小さくて、
殺風景な内装さえ気にしなければ、上階からでも花道の七三まで見え
るし、舞台からの台詞やお囃子もよく通る。そこまではいいのだが、
舞台構造のせいか、所作台で足を踏む時の音がちょいとばかり激しい
というか大きすぎる。だから『土蜘』の時に勘太郎の膝や足のことが
気になったりしていたのだ。

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