懐話§昭和三十年代~町内の銭湯~

[承前]

実家には風呂がなかった。実家の周りの家々には風呂がほとんど付い
ていなかったので、誰もが銭湯に行っていた時代である。

40年も前には、実家から徒歩5分圏内に銭湯が3軒あった。それぞれ
定休日が違っていたので、開いている銭湯に行けばいいのである。小
学校に入ってほどなく、入口で脱ぎっぱなしだった履物を入れる下足
箱が登場した。他愛ないが1とか3、7といった箱が開いていると、
いそいそと入れていたことを思い出す。

銭湯に出かける時の装備はというと、風呂場用タオルとバスタオル。
石鹸にシャンプーというワンセットを自前の桶に入れて持ち運びをし
ていた。バスタオルには着替えも巻き込んでおく。

東京に出てきたら、脱衣場に衣類ロッカーが設備されていて驚いたが
誰が誰だか町内の人間ばかりという田舎町の銭湯は、昔ながらの脱衣
籠が隅っこに積まれていた。

もちろん浴場の壁にはおなじみのペンキ絵が描かれていたが、富士山
だったという記憶はなく、どこかの海岸ではなかったかと思うのであ
る。

そんな銭湯の番台下に牛乳類のショーケースが登場したのは、やはり
小学校に入って以降のことであるが、風呂上りに何かを飲んだという
記憶はない。そもそも銭湯通いも一日おきだったりしていたのだから
何かを飲むなどという余裕などはありはしなかった。

いつだったか帰郷した時に見回してみたら、そんな3軒の銭湯はとっ
くになくなっていた。その他に心当たりの銭湯を探してみたが、その
うちの何軒かは影も形もなかったのである。
                            [続く]

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