環話§再『神々の黄昏』新国立劇場[下]

[承前]

いわば“ギービヒ薬品”の若社長がグンターで、異父兄ハーゲンは、
中途で転がり込んできた無任所の役員待遇みたいなものか。そして、
製造している薬は相当に怪しいかったりする。

ハーゲンが研究員の一人に注射で刺し殺すところは、この場面で彼が
歌っているように、スケープゴート的なものを象徴しているというこ
とかと。他にも注射器は大活躍で、覚醒剤よろしく自分の腕にしてみ
たり――それこそがハーゲンの妄想の源か――、グンターを殺すのも
注射器を使ったのである。

『神々の黄昏』に関して――他3演目もそうだが――ウォーナーは、
情報をこれでもかというくらい詰め込んだ。成功したものも多いが、
黄昏に関しては、未消化のままというのも少なくないように感じた。
場面場面でよく理解できないことが散見されたのだ。

彼が“イギリス人”であるというところからの想像だが、四部作全体
を通して感じたのは、例えば『不思議の国のアリス』のような、空間
の歪みが生じた舞台創りをしていたのではということである。

黄金が元の場所に収まり最後の音楽が鳴り響く中、映写機の周りに集
まってきたのは、現代の我々である……このあたりバイロイトのクプ
ファー演出と似通ったところでもあったりする。

だが、この長大な“叙事詩”を自分なりのコンセプトでまとめあげ、
我々に提示してくれたキース・ウォーナーには、おおいに感謝せねば
ならない。

最後に肝腎の音楽だが、ワーグナーらしいコクであるとかまでは残念
ながら感じることができなかった。場面場面での音楽表現などなど、
もうひと頑張りしてもらわないと、カタルシスを得るまでにはいって
くれないのだ。

ブリュンヒルデを歌ったテオリンは、これはもう力技である。ジーク
フリートのフランツは、思い出話を語る場面で声が失速したように感
じられたが、巧みなコントロールで最後まで持ち堪えたのだった。

というわけで、まだまだ書いておかねばならないことはあるが、これ
をもって、新国最大のプロジェクトであった『ニーベルングの指環』
2年に亘る再演が終了したのだ。
                            [続く]

《憬話§我々の“バイロイト音楽祭”2008.08》

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