風話§ベートーヴェン『交響曲第6番』

全体の印象がベートーヴェンらしくなくのんびりとしたものだとは、
ずうっと昔から感じている、そんな“田園交響曲”なのだが、実演で
“これは!”という演奏に当たったことが少ない。

そうはいっても実演を聴いたのは3回か4回くらいなもの。そのうち
2回はウィーンフィルで、指揮はカール・ベームとサイモン・ラトル
だった。そのウィーンフィルとの2回は、ベームもラトルもそれぞれ
の“芸風”で指揮していたわけだが、聴いていて完全に納得できる演
奏だった。

どちらの演奏でも象徴的に演奏されていたところといえば、2楽章の
小川のモチーフの最後、弦楽の低音がトゥッティで弾かれるが、その
予定調和的な重心の低さというものは、これはもうウィーンフィルの
世界なのだろうと思ったのである。

これに加えて、ラトルの指揮した終楽章で描かれたところの、伸びや
かな解放感の境地は比類のないものだったと、懐かしく思い出してい
るところ。彼らは自然が持つ空気感まで表現することができるのであ
る。というか、まだまだ日本人にはベートーヴェンが見た田園の光景
を音楽として表現できないような気がしている。

それ以前に聴いたのは在京オケによる演奏だったが、そういう意味で
の重力感のようなものは存在せず、ただ単に、楽譜にある音を出して
合わせただけに過ぎなかったのだ。

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