ひだまりのお話

アクセスカウンタ

zoom RSS 歌話§戦後日本におけるオペラの推移

<<   作成日時 : 2010/08/26 00:00   >>

トラックバック 0 / コメント 0

浅草オペラとか帝劇オペラとかまったく知らないも同然なので、一足
飛びに戦後オペラ風景をと考えた。といっても前半は大雑把に俯瞰す
るのみ。語れる年月は自分の記憶の範囲内でしかない。

ラフに、戦後オペラの流れの第一期をNHKイタリアオペラ公演の一
連の舞台とする。1956年に始まり、1959年第2回のデル・モナコが歌
った『オテロ』はもちろん、1976年の最終公演でカバリエ、コッソッ
ト、カレラスが歌った、一連の実演を観る機会はなかった。

という第一期が過ぎようとする1974年、バイエルン国立歌劇場の引越
し公演に始まる“本格的”外来公演を第二期としておく。もちろん、
それ以前にも1960年代にはベルリン・ドイツ・オペラが来日していた
り、1970年の大阪万博でもいくつかの歌劇場が引越し公演を行なって
いるが、NHKイタリア・オペラの終焉と重なるタイミングの1974年
という年も画期的だったということで第二期にしてみる。

自身が参入したのは1980年のウィーン国立歌劇場からで、クライバー
初来日の『ばらの騎士』を見逃したとはいえ、80年から30年間ほどの
引越しオペラ公演の相当数を観ているわけで、そういう意味ではいい
時代とタイミングが合ったと思うのだ。

とにかく金食い虫の引越し公演も、ここ数年ほどは日本の景気の元気
のなさに引きずられて、演目数や公演数が激減したような印象なのだ
が、それにはもう一つ理由がありそうな気がしている。

それはといえば、少なからぬ人達が直接現地に出向いてオペラを観る
ようになったのでは……ということである。その人数はおそらく30年
前の比ではあるまい。

スケジュールにもよるが、ウィーンやミュンヘンのレパートリーハウ
スだったら一週間で4つくらいのオペラを観ることができるはずで、
歌手の揃いが来日公演ほどではないとしても、現地の雰囲気の中で、
ちょっと贅沢な気分を持ちながら鑑賞できるのだから、出かけていく
人達が増えるのも当然のことだろう。

引越し公演の育てた観客が、引越し公演から“卒業”して、飛び立っ
ていくという現象はまた皮肉のように感じられなくもない。

追記:同居人から「若い層が、チケット代の高さに参入ができないと
いうこともあるんじゃない?」というコメントがあった。確かに我々
が歳をとったが、新たに若い客が増加しているとは思えない。


《オペラのトピックス一覧》

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
     
歌話§戦後日本におけるオペラの推移 ひだまりのお話/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる