昔話§思い出話を語るには・・・

既にしてそんな年齢になっていたということを、うかつにも自覚せず
にいた。思い出話の比率が増えていたということである。

忘れ去られる記憶もあるが、膨大かつ鮮明な記憶も積み重ねられてい
き、酸い思い出、甘い思い出の別なく刻みつけられてしまったのだ。

自分の中に存在する思い出は、楽しいとか辛いとかの別なく、美化さ
れも卑下されもせずに正直な形で残されているのだと思いたい。

時に人は、昔話を自慢話として語りがちである。それは、自分がそう
いう年齢に到達したということからよくわかるのだ。特に自分よりも
若い人達に向かって話す時、彼らが体験できなかった過去の話は、羨
望の対象になったりするのだ。

年少者にしてみれば、まして相手が年長だったりするから、なおのこ
と拝聴する姿勢になってしまうのは当然のことで、そういったことに
年寄りは増長してはいけないのである。どんなことにも塩梅は必要な
のである。

そうしたくなる気持ちはわかる。我々にしても、デル・モナコのオテ
ロを観たとか、カルロス・クライバー初来日に行ってきたなどという
話を聞くと、それがどうあってもチャンスがなかったものであっても
羨ましいとか悔しいとか、様々な感情が交錯しまくるというわけなの
だ。

《老化のトピックス一覧》

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