祈話§マタイ受難曲~聴衆が合唱を~

ツイッターのタイムラインを眺めていたら、ドイツのどこかの街での
『マタイ受難曲』の公演で、聴衆がコラールを歌うという試みがされ
たということを知って、我が意を得た思いがしたのだ。

そう、歌えるものならホールの中の人間がこぞって参加できれば、想
像以上にすばらしいマタイになるのではないかと常々思っていたので
ある。

聴衆もまた、受難曲の進行に従って様々な思いを抱くわけで、その中
でも合唱に委ねられたコラールは、まさに大多数の人々の心情を表し
ているわけで、それこそ集った聴衆が歌うにこれほどふさわしいこと
はないのではと思うのだ。

というわけで、その公演に集った聴衆の準備は万端だったようで、充
実したマタイ受難曲の一夜が実現したようである。これは、単に聴衆
という次元ではなく、言ってみれば様々な意味で“キリストの痛みを
分かち合おう”という試みでもあるだろう。

確かに、うろおぼえの歌詞でしかないが、公演の時にコラールを心の
中で歌っている自分がいたりするのである。マタイ受難曲こそ、その
場に集った全員によって演奏されるのが理想であるのかもしれない。

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