逃話§原発なる踏み絵~ナチと非ナチ~

原発を推進したという、いわゆる御用学者や文化人が非難の矢面に立
たされている。まあ、魔女狩りとでもいえなくもないが、当分は続く
ことだろう。

そんな様子が何かに似ていると思っていたのだが、雰囲気がそのまま
第二次大戦後ドイツのナチ&非ナチの“あれ”なのだと思い至った。

例えばリヒャルト・シュトラウスでありフルトヴェングラー、そして
カラヤンといった音楽家達がナチなのか非ナチなのかという疑惑の眼
差しを向けられていた。カラヤンはナチ党員であったし、フルトヴェ
ングラーはバイロイトで指揮をした。シュトラウスは帝国音楽院総裁
の地位にあった。そうしたスタンスのおかげで、戦後になったところ
で弁明を余儀なくされたのだ。

……それと似たようなことが今の日本でも起きている。何が問題かと
いえば、原発関連の広報誌に安易に登場して対談の相手になったりし
たことを取り上げられると、決して悪気があってのことではないとか
原発を推進しているつもりはないというような弁明を試みたりしてい
ることである。

要するに“李下に冠を正さず”ということを自覚せずに、依頼された
仕事は断らないというスタンスが甘いということなのだ。頭脳明晰な
人間なのだから、そのあたりの状況がわからないはずはないだろう。

というわけで御用学者と名指しされる人の中には、早々と“転向”を
図ったりもしているようで、それは早晩電力業界などからの利益に与
れなくなるという“金の切れ目が縁の切れ目”という見切りのようで
もあるのだろうか。

そして先行きはいよいよ不透明となり・・・

《日本のトピックス一覧》

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック