語話§批評とインターネットの相互関係

クラシック音楽の批評といえば、音楽雑誌か新聞の文化欄だと相場は
決まっていた。基本は今でも変わってはいないと思うのだが、そこに
インターネットという存在が大きく浮かび上がってきたようである。

20世紀に、いわゆる評論家や批評家先生達は、自分から発信していれ
ばそれで仕事はおしまい。要するに一方通行の状態が長いこと続いて
いたのだった。

ところが21世紀のインターネットという道具の存在が、単なる批評の
一方通行から、これまでただの読み手だった人間達との相互通行が可
能してしまったのだ。

もちろん、従来どおりに一方通行で済ますことは可能であり、インタ
ーネット自体とも無関係だったりする評論家諸氏のほうが圧倒的多数
だとは思っている。

ではあるが、それがツイッターであったりフェイスブックであったり
と、ネット上の様々なツールの中に批評家&評論家本人が登場して、
読者や愛好家達とコミュニケーションを取るという、10年以上前には
考えられなかったシーンが現出しているのである。中には喧嘩腰にと
いうものもあろうが、現在のところはそんなツールの中において、そ
れぞれの関係は比較的良好といえるだろう。ただし、この先に馴れ合
いのようなものが生じる可能性は否定てきまい。

インターネットの中で巧拙はあれども、普通の人間が自由に自分の考
えを述べるようになり、旧来では考えられなかったコミュニケーショ
ン構築が可能になってしまった。

この流れはとどめようがないわけで、物事の批評という作業の中で、
専門家と呼ばれる人々と、それを受容してきた人たちの間で新しい関
係の形が育ちつつあるのだ。

【去年の今日】喜話§キムチ鍋~いよいよ鍋の季節だ~

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