悼話§立川談志さん(落語家)

立川談志が死んだ。

最初に立川談志の存在を知ったのは、NHKテレビで1964年から3年
間、18時台に週一で放送されていた『まんが学校』という番組で、や
なせたかしが校長になって漫画の描き方を指南する番組に司会進行と
して出演していた時である。

その後『笑点』初代司会者となったりしてという記憶もあるわけで、
そういう意味ではずいぶんと長いこと知っていたことになるのだが、
考えてみれば彼の落語に接するチャンスは本当に少なかった。

テレビでちゃんとした落語に接する機会は少なく、そうこうしている
うちに政治家になっちゃったりとか、ある種の気ままさを発揮するよ
うになって、いよいよ機会がなくなってしまったのだ。

訃報が伝えられた夜のニュースで、談志が語る落語の断片をいくつか
見たが、江戸っ子の気風が見事に体現化していたことに舌を巻いた。
それはほぼ同世代で、10年前に没した志ん朝ともまったく違った江戸
落語の表現だったのである。

この先、良くも悪くも談志のような落語家が現れることなどはあるま
い。江戸っ子特有の痩せ我慢、天の邪鬼、それに精一杯の見栄という
すべてを天から授かった談志は、最後まで変わらぬまま最期の日を迎
えたのだった。

《追悼のトピックス一覧》

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック