故話§百年以上前の歌舞伎の様子[上]

『仮名手本忠臣蔵』では、大序のような初演当時の様式を生かした演
出を観ることができる。そんな大序の幕開き直前、ユーモラスな口上
人形[↓写真]による出演役者の読み上げが行なわれるのも趣向。

画像

役名とそれを演じる役者名を読み上げた最後に“お茶、お弁当、お菓
子なぞ召し上がられ、ゆる、ゆる、ゆるり~っと御見物下さい”とい
う言葉で締めつつ、ゆるゆるゆるりに合わせて、人形の首が360度
一回りして客席を沸かせリラックスさせるのだ。

口上人形の“お茶、お弁当”という言葉から、明治以前の芝居小屋と
役者、それに観客がどんな様子だったのか想像してみたことがあるが、
さぞや雑然としていたのではないかと言っても間違いではなかろう。

役者については後日に回すことにして、まずは観客についてだが、こ
れはもうるさいとかいう次元以上ではなかっただろうか。飲食は言う
に及ばず、私語はし放題だっただろうし、大向こうの掛け声も、誰か
れなく好き勝手にかけていただろう。

さらに、贔屓であるかないかは別にして、役者への野次も遠慮なく飛
んでいたのだと思われる。あるいは、その野次をした人間に向かって
やり返す役者だっていたに決まっている。

芝居茶屋からゆるゆると贔屓の役者を観に来て、贔屓が引っ込むと茶
屋に戻ってという御大尽もいたりして……だから、そこを鎮めるのが
役者の腕であるなどとも言われていたのだろう。

以前、勘三郎が勘九郎の頃に「いくら飲食してもいいと思うんだよ。
飲食する手を留めさせる芝居をしなくちゃ!」と言っていたことを思
い出すのだが、現代という時代にあって、それはもう成立しにくいこ
となのだ。

まずもって“芝居を観る”という約束事が暗黙の了解として、観客と
劇場の間に流れていて、それが大きな秩序となって固定化した以上は
勘三郎の言うことを、その言葉のまま受け取るのではなく、観客が思
わず芝居に集中するような演技をという心意気であり、マニュフェス
トだと考えるべきなのである。
                            [続く]

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