雪話§十一月顔見世大歌舞伎夜の部

前日(23日)から仁左衛門が復帰、3日間だけの『熊谷陣屋』の一日を
観ることができた。魁春の相模、秀太郎の藤の方、梅玉の義経に、左
團次の白毫弥陀六。

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丁寧で思い入れたっぷりの直実ではあったが、線の細い分だけ吉右衛
門のような大きさにはなってくれないのである。もちろん、これだけ
を観れば見事な直実なのだが、どうしても比較するのが歌舞伎の常。

そうなると、20日間以上代役を務めていた松緑の直実がどのようなも
のであったのかという興味を持ってしまうのが、歌舞伎道楽の妙味の
ようなところだろうか。

熊谷に続いての舞踊は、藤十郎と息子翫雀による『汐汲』が20分足ら
ずの舞台……幕切れに近く、藤十郎が花道に入った直後に地震が起き
た。初期の揺れに続いて館内がミシリとなった。客席では一瞬だが、
声にならない声がでたものの、何事もなく幕。地震の直後、下手袖で
藤十郎の後見が花道の様子をうかがうのが見えた。

上演時間表では舞踊が終わっていてもいい時間だったのだが、熊谷が
5分押したのである。つまり、松緑の直実では終わっていたはずが、
仁左衛門の“たっぷり”が熊谷を5分長くした。その結果『汐汲』の
幕切れと地震が重なってしまったのである。

夜の部最後は、黙阿弥作の『四千両小判梅葉』という15年ぶりの舞台
を観た。幕府の金蔵に押し入った富蔵と藤十郎が捕らえられて、唐丸
駕籠で江戸に送られる。その後、牢内での場面から刑場にというとこ
ろまでのお話。

なのだが、そもそも盗みに入るという動機がはっきりせず、筋といえ
ば駕籠の中から別れた嫁、娘、舅とのたっぷりした愁嘆場くらいか。
いわゆる“歴史資料”としておもしろかったのは、牢内でのあれやこ
れやである。牢名主に始まって、罪状の大きさで牢内における格が決
まるとか、黙阿弥が当事者に取材したこともあって実にリアルな仕上
がりになっていたのだ。菊五郎劇団のアンサンブルも見事なもの。

というわけで、何度も観たいという芝居ではないが、役者にしてみれ
ば15年に一度でも演じておかねば、先に伝えることができないという
こともあるというわけなのだ。



上の映像は歌舞伎座で1983年に上演されたもの。二代目松緑が富蔵を
演じているのが懐かしい。牢内の場は54分頃からである。

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