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zoom RSS 顧話§仁和寺の法師を笑えずや・・・

<<   作成日時 : 2014/06/10 00:00   >>

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下の文章は兼好法師の『徒然草』第五十二段“仁和寺にある法師”の
件である。少なからぬ人は高校時代の古文で読んでいるはずなので、
ああ、あれかと思うであろう。

仁和寺にある法師、年よるまで石清水を拜まざりければ、心憂く覺えて、ある時思ひたちて、たゞ一人徒歩より詣でけり。極樂寺・高良などを拜みて、かばかりと心得て歸りにけり。さて傍の人に逢ひて、「年ごろ思ひつる事果たし侍りぬ。聞きしにも過ぎて尊くこそおはしけれ。そも參りたる人ごとに山へのぼりしは、何事かありけむ、ゆかしかりしかど、神へまゐるこそ本意なれと思ひて、山までは見ず」とぞ言ひける。

すこしの事にも先達はあらまほしきことなり。


要するに仁和寺の坊さんは、一人勝手に思い込み肝腎の八幡様に詣で
ずに帰ってきてしまった。情報はきちんと仕入れておきましょうね!
という教訓話である。

でまあ、この話は高校時代に読んで以来40年以上も頭の中に入ったま
まのもので、日頃から心せねばと思っていたのだが、そんな我が身の
屋台骨を揺るがす事態が発生した。

石清水八幡宮が滋賀は大津の山の中の神社だと、長年思い込んで疑い
もしなかった。そもそも単なる思い込みを40年以上もそのまま放置し
ていた先週のこと、ふとしたことで石清水八幡宮は、京阪本線が通る
京都府八幡市にあるということがわかってしまったのだ。

どうやら、大津にある石山寺と名前が似ていると勝手に思い込んで、
石清水八幡を大津市にあることにしちゃったのだ。今にして考えるな
ら、石清水と石山のどこが似ているのかと思うのだが、一度決めつけ
たものは、このようにして間違った認識のままに、長い時間が経過し
ていたのである。

かくして仁和寺の坊さんを笑えなくなった我が身としては改めて……

すこしの事にも先達はあらまほしきことなり

……という言葉を噛み締めなくてはならなくなってしまったのだ。

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