懐話§昭和三十年代~衣更と下駄履き~

[承前]

高校に通っていたのは昭和四十年代後半のことだが、昭和三十年代に
間借りしてエントリーを一つ書いてみる。

北関東の少なからぬ普通科の高校は男女別学であった。詳しい経緯は
省くが、敗戦後に駐留した占領軍、GHQが高校の共学化を推進した
のに西日本ではかなり浸透したものの、東日本では抵抗が強く、我が
出身県もそんな一つなのだった。

そういうわけで、我が高校も旧制中学の“バンカラ”な精神を引きず
っていて、6月の衣更と同時に下駄履きの登校が認められるという、
けっこうな不文律が継続していたのだ。

教師の多くが卒業生であるから、自分達が享受した慣習をやめさせる
わけにはいかないという“弱み”のようなものもあったはずである。

かくして、夏の間は自転車通学から下駄履きの徒歩登校をしていたわ
けだが、徒歩15分の道のりを呑気に歩いていたのはご愛敬だと思う。
そして、夏の登下校時には街中で下駄のガランガランの音が鳴り響く
のだ。

画像

あまつさえ調子に乗って、朴歯(ほおば)と呼ばれる高さが10cm以上で
白い鼻緒の下駄を履いて通っていたのも、今考えればいやはや何とも
な学生時代だった。

ちなみに、下駄履き登校を認めている理由がふるっていて“夏の間、
靴を履くのは足が蒸れて衛生上よろしくない”というものだと聞いた
ことがあるのだけれど、かなり無理矢理な理屈であるような気がしな
いでもない。
                            [続く]

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