翔話§日本航空123便から29年

あの日から満29年が経過した。1985年という年は会社に入って7年、
結婚して3年、30歳になったばかりとは、仕事に追われまくっていた
頃である。飛行機に乗ったのは1982年が最後という時期でもあった。

仕事でも私用でも飛行機を使うような環境にはなく、海外旅行を年に
一度するようになったのも1990年代の終わり頃になってからの話で、
そういう意味で飛行機とは縁遠かったといえるのだが、それでもあれ
だけの重大な事故だったから、ショックやら戸惑いやらと、様々な思
いが交錯したのである。

画像

写真は昨日の12時頃にキャプチャーした“現在飛行中”の機影の様子
である。アジアの地域だけでもこれだけの飛行機が飛び交っていて、
おびただしい人達が移動しているのだ。

ここまで、遠距離移動手段としての飛行機の利用度が圧倒的であれば
あるほど、飛行機の安全性については可能である限り最高度の安全性
が求められているのは当然のことである。

自分自身が搭乗する時だって、もちろん安全祈願を心の中で唱えつつ
離陸から水平飛行へと安定したところで、ようやく気分が楽になるの
だ。

今の世界においては、飛行機なしの社会を想像することは不可能な話
だし、仮にもせよそのような状況が現出するとしたら、世界の広さは
我々の想像以上に、手の届きにくい感覚を抱かせることだろう。など
という表現は、もちろん生温いばかりでしかなく、そうなった時の不
便さはいかばかりのものか想像することは不可能でしかない。

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