天話§三島由紀夫の死から44年・・・

11月25日の火曜日は、三島由紀夫が市ヶ谷駐屯地で割腹死を遂げてか
ら44年という日だった。

つまりは、その年に生まれた人達が、来年2015年には三島の享年と同
じ年齢に達するということなのである。ということは、生きていれば
90歳かとも思うが、死んだ人の年を数えても意味はない。

インターネットなどあるはずもない1970年、大阪で万国博覧会が半年
にわたって盛大に催された。かつての“電電公社”のパビリオンには
“携帯電話”のプロトタイプのようなものが来場者に貸し出され、そ
れを使った記憶がある。

だが、展示の中にインターネットの予兆を見出すことはできなかった
のだ。そんな時代に、事が起きたことを知る術は、テレビかラジオ、
そして新聞というものだった。

だから彼の自死を知ったのは、高校から帰宅した夕刊に続いて、テレ
ビのニュースなのである。その頃、彼の小説を一編も読んだことはな
く、見た目からの判断としては、大方の人がそうであったのと同様に
“単なるパフォーマンス好き”としか映っていなかったのだ。

後年、ようやく三島の作品いくばくかを読んで、彼の小説家としての
力量に眼を見張ることになるのだが、そんな高校1年生にとって印象
に残っていることは、翌日登校して教室に入ったところ、日頃左翼を
自任していた同級生が、一言「ショックだ」とつぶやいたことだった
のである。

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