墺話§ハイドンとモーツァルトの時間差

フランツ・ヨーゼフ・ハイドンは1732年に生まれて1809年に没した。
つまり、モーツァルトよりも早く生まれて、彼よりも18年長命なのだ
った。

このあたりは、わかっているようで意外と曖昧な記憶だったりする。
クラシックにそこそこ詳しい人間でも思い違いをしていることが珍し
くなかったりする。

例えば、モーツァルトの交響曲第41番“ジュピター”が作曲されたの
は1788年8月のこと。そしてハイドン最後の交響曲第104番“ロン
ドン”が作曲されたのは、モーツァルトの死後4年ほど経った1795年
のことだった。

素人の耳で聴いているなら、ハイドンの基本的な芸風は最後まで変わ
っているようには思えず、だから我々のような人間などは、ずうっと
ロンドン交響曲のほうがジュピター交響曲より先に作曲されたという
勘違いをしてしまうのだ。

モーツァルトが死の床にあった年にハイドンは、びっくり交響曲と呼
ばれている第94番を作曲していた。モーツァルトがジュピター交響曲
まで到達したということに比べれば、ハイドンの創作活動は交響曲の
“型”を確立しようとする創造行為だったと言うのは、素人の勝手な
妄想である。

言うまでもないが、ハイドンとモーツァルトの関係は良好そのもので
あったということは書き加えておこう。

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