雅話§百人一首考[23]~つきみれば~

[承前]

大江千里(おおえのちさと)

月見れば ちぢにものこそ 悲しけれ
わが身一つの 秋にはあらねど


大江千里が詠んだこの歌の最終節にある字余りについて考えてみた。
……あくまでも、私見に基づく単なるこじつけというか、感想として
受け留めてほしい。

千里が「秋にはあらねど」と、七文字のところ八文字を費やしたのは
どういう意図があったのだろう。普通に考えれば“秋にあらねど”で
も意味は通じるはずだし、わざわざ字余りの破調にする必要などない
ではないかと考えるのだが。

まあ、月並みな想像しかできないのは当然だが、こうなると“単なる
気まぐれ”じゃないのと結論づけるしかないと思っている。ちょいと
ばかり千里が、自分の心の揺らぎのようなものを感じ、そうして詠ん
だ、そのままを決定稿にしたんじゃなかろうか。

ワタシ的には推敲することなく、一気に詠み上げた……その気持ちの
勢いが字余りとなって表れたのではあるまいかという見立てである。

蛇足だが、ほぼ同世代のシンガー&ソングライターに同姓同名の大江
千里が実在しているが、古の歌人が“おおえのちさと”であるのに対
して、現代のほうは“おおえせんり”である。
                            [続く]

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