悼話§ネヴィル・マリナーさん(指揮者)

サー・ネヴィル・マリナーとアカデミー室内管が初来日したのは1972
年のこと。

当時の日本は、ヴィヴァルディの『四季』大ブームで、イ・ムジチ合
奏団、パイヤール室内管弦楽団と御三家のような扱い方をされていた
のだった。

そんなマリナーの初来日をNHKが放送してくれたのだ。彼らが演奏
する四季の録音は持っていなかったのだが、楽器指定にはない小型の
オルガン(ポジティーフ)が登場したりと興味深く眺めていたら、突然
ニュース速報のテロップが出た……何事がと画面を見ていると“作家
川端康成氏が自殺”と流れてきた。4年前、1968年にノーベル文学賞
を受賞した人が、まさか!と思ったのだ。

その当時、川端の小説など2冊くらいしか読んでいなかったが、さす
がに驚いて、音楽など聴いていられなくなったという記憶。

彼の録音で持っているのは、ビゼーの交響曲ハ長調、プロコフィエフ
の古典交響曲、ストラヴィンスキーのプルチネルラ組曲の一枚だけだ
が、歯切れのいい演奏で愛聴盤である。

画像

その当時のマリナーは四十代後半で、まさに壮年期の真っ只中にあっ
た指揮者だったが、マリナーというと、このエピソードを真っ先に思
い出してしまう。享年九十二

合掌

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