上話§育ての親は群馬交響楽団

クラシックの実演を始めて聴いたのは小学校3年の時で、群馬交響楽
団(群響)の移動音楽教室が巡回してきたのだ。

一番に記憶に残っているのは、スッペの『軽騎兵』序曲、それからチ
ャイコフスキーの『くるみ割り人形』から何曲かというもの。演奏の
合間に楽器の紹介コーナーもあったりして、当然ながら好奇心丸出し
で聴いていた。その後、2回ほど移動音楽教室がやって来て、徐々に
クラシック音楽への興味が増していったのである。

初めてチケットを買って群響の演奏会に行ったのは中学2年の時で、
プログラムはオール・ベートーヴェン……エグモント序曲、ヴァイオ
リン協奏曲、交響曲第5番。

そして、同じ年の夏に群響の本拠地である高崎の音楽センターでベー
トーヴェンの第九を山田一雄の指揮で聴いた。ソプラノを伊藤京子、
バリトンが平野忠彦という記憶である。それで、どういう経緯だった
か覚えはないのだが、なぜかゲネラルプローベの場に紛れ込んでしま
ったのだ。

当時、1960年代の群響は下手くそだった。ひょっとしたら今のアマチ
ュアオーケストラとどっこいくらいなものだったのではないか。金管
楽器は言うまでもなく、オーボエあたりでもしょっちゅうひっくり返
るのが珍しくも何ともなかった。

そうではあれど、田舎にいた十代の“多感(?)な時期”にあった我が
身が群響に育てられたのは間違いないことである。そうでなかったら
後年いそいそと海外に旅してオペラやコンサートなど聴きに行くこと
などなかったかもしれない。

一生楽しめるクラシック音楽への興味を培ってくれた群馬交響楽団に
は、感謝という一言だけでは到底足りるものではないのである。

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