ひだまりのお話

アクセスカウンタ

zoom RSS 懐話§昭和四十年代〜東京電環〜

<<   作成日時 : 2018/02/20 00:01   >>

トラックバック 0 / コメント 0

[承前]

東京で予備校通いを始めたのは昭和四十年代の終わり頃。一か月おき
くらいに実家を行き来していた。利用していた当時は国鉄である。

片道2時間ちょっとだったから、日帰りで往復することができた。最
寄駅へは高崎線からも東北本線からも一度乗り換えて、どちらからも
似たような所要時間なのだった。

そして切符の券面には、当時の山手線内の呼称として“東京電環”と
印字されていた。国鉄内で使われていた“東京電車環状線”の略称と
いうことである。東京山手線内が使われるようになったのはもう少し
後のこと。

だから、山手線内だったらどの駅でも自由に下車することができた。
便利といえば便利だった。切符を売る側にしても、山手線内全駅を用
意する必要がなかったということである。

ところで料金計算の起点は、やはり東京駅なのだろうか。
                            [続く]

《昭和のトピックス一覧》

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
     
懐話§昭和四十年代〜東京電環〜 ひだまりのお話/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる