憑話§二月大歌舞伎夜の部~熊谷陣屋~

寒さの底のようだった三連休最終日に観た二月大歌舞伎は、吉右衛門
の熊谷次郎直実に尽きる『熊谷陣屋』だった。

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そこに吉右衛門はおらず、あたかも熊谷次郎直実そのものが舞台上に
存在しているかのようである。1時間半ほどの舞台の中心には熊谷が
常に存在して支配しているのだ。

歌舞伎役者がその世界まで到達するのに、どれほど精進の時間が必要
なものか……中村吉右衛門、この5月で75歳になる。

魁春の相模、雀右衛門の藤の方、歌六の弥陀六、菊之助の義経、そし
て義太夫の葵太夫まで“チーム播磨屋”の精華を見た思いがした。

二本目『當年祝春駒(あたるとしいわうはるこま)』には、三十三回忌
を迎えた尾上辰之助の孫である右近が登場。いかにも“利かん坊”然
とした顔つきは、父よりも祖父辰之助に似ているようで、先々を期待
したいところだが、我々のほうが間に合うかどうか。

そして辰之助追善狂言『名月八幡祭』は、息子の松緑が縮屋新助を、
玉三郎が芸者美代吉、仁左衛門が船頭三次、歌六の魚惣という配役。

これはもう玉三郎と仁左衛門のコンビの自在な芝居の手の平の上で、
田舎商人の松緑が踊らされるという構図。融通無碍な二人に比べて、
素朴さを強調してはいるものの、台詞の一本調子はいかにも不器用に
過ぎて、松緑という役者そのものが見えてしまうのだ。

数年間、吉右衛門の新助を観た時、狂った新助が田舎侍が背中に背負
った刀を抜き去っていく場面で、吉右衛門が無表情なまま舞台を横切
った様に背筋が寒くなったのだが、今回の松緑では、そのような凄味
はなかった。

この日、吉右衛門の熊谷、玉三郎の芸者美代吉、仁左衛門の船頭三次
と、ベテラン役者は既に劇中の人物になってしまっているのだと、改
めて思い知らされたのである。

二月大歌舞伎には、菊五郎、吉右衛門、仁左衛門、玉三郎、梅玉、そ
れに魁春とベテラン役者も顔を揃えているが、昼夜通しておのおのが
一演目の出演となっていた、七十路を過ぎて無理はしないという配慮
であろう。その分、中堅&若手役者が成長しなくてはいけないのだ。

終演は20時50分。電車を乗り継いで最寄り駅に着いたのは22時頃だっ
た。

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